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京都地方裁判所 昭和62年(わ)1365号 判決 1988年9月27日

主文

被告人を懲役一〇月に処する。

この裁判の確定した日から二年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、京都市伏見福祉事務所から生活保護法に基づく被保護者として生活扶助を受給していたものであるが、昭和六一年九月八日ころ、京都市伏見区御駕籠町九一番地所在の右福祉事務所において、生活保護実施の補助機関である同事務所所属の生活保護現業員小田久人を介して同事務所所長中嶋康喜に対し、真実はフクダ文化住宅に転居する予定はなく、大阪府河内長野市の南花台公団住宅に転居する予定であるのに「寝屋川市のフクダ文化住宅へ転居することとなった。そこは敷金一八万円、家賃三万三〇〇〇円なので、敷金を住宅扶助として出してほしい。」旨の虚構の事実を申し向けた上、同月一二日右福祉事務所内で、右小田に申請の理由欄に敷金一八万円、家賃三万五〇〇〇円と記載した保護申請書を提出して、不実の申請をし、よって、同月一九日同所において、同所庶務係員を介し同所所長から敷金の住宅扶助費名下に現金一六万九〇〇〇円の支給を受け、もって、不実の申請により保護を受けたものである。

(証拠の標目)(省略)

(当事者の主張に対する判断)

一  詐欺の主位的訴因を認めなかった理由について

1  本件の主位的訴因は訴因変更手続を経て、

「被告人は、京都市伏見福祉事務所から生活保護法に基づく被保護者として生活扶助及び住宅扶助等を受給していたものであるが住宅扶助を不正に受給しようと企て、昭和六一年九月八日ころ、京都市伏見区御駕籠町九一番地所在の同福祉事務所において、生活保護現業員小田久人に対し、事実は、フクダ文化住宅に転居する予定はなく、転居予定先の家賃は厚生省通達等が転居に際して敷金等の必要な被保護者に対して、住宅扶助を受給できる要件として定める家賃の制限である月額三万三八〇〇円以内を超過しており、住宅扶助の敷金を受給する資格はないのに、その家賃が右制限内であるフクダ文化住宅に転居するように装い、「寝屋川市のフクダ文化住宅へ転居することになった。そこは敷金一八万円・家賃三万三八〇〇円なので敷金を住宅扶助として出してほしい。」旨虚構の事実を申し向けた上、同月一二日右福祉事務所内において、右小田に対し、その旨記載した保護の申請書を提出し、同人をしてその旨誤信させて所定の手続をさせ(同人を補助機関とする右福祉事務所所長を欺罔し)、よって、同月一九日ころ、同所において、同福祉事務所庶務係員を介し同福祉事務所所長中嶋康喜から住宅扶助費のうちの敷金として現金一六万九〇〇〇円の交付を受けてこれを騙取したものである。」というものである(なお、弁護人は、検察官の昭和六三年三月二四日付訴因変更請求書によって、訴因は「……同人(小田)をしてその旨誤信させて所定の手続をさせ、よって、同月一九日ころ、同所において、同福祉事務所庶務係員を介し同福祉事務所所長中嶋康喜から住宅扶助費のうちの敷金として現金一六万九〇〇〇円の交付を受けてこれを騙取したものである。」と変更されたが、これによっても小田を介して扶助を決定する権能または地位を有する福祉事務所所長が欺罔されたという訴因となるとは解されず、被欺罔者は小田であって、小田について右権能または地位を有することにつき、何らの立証もないと主張するが、右変更後の訴因は、「その旨誤信」した福祉事務所所属の生活保護現業員である小田が所定の手続をしたことにより同人を介して右権能または地位を有する福祉事務所所長が欺罔されたと解することができる。)。

2  ところで、詐欺罪の故意があるとされるには、人を錯誤におとし入れ、その錯誤に基づいて財産的処分行為をさせるとの認識が必要であると解されるところ、弁護人は、犯行当時被告人は家賃の住宅扶助の上限が三万三八〇〇円であることは知っていたが、転居の場合受けられる敷金の住宅扶助は、新家賃が三万三八〇〇円を超えれば一円も支給されないことは知らず、三万三八〇〇円を超えた家賃の住居に転居しても受給できる敷金の住宅扶助の額が増えるわけではないが、上限である一定額までは支給を受けられると考えており、被告人には詐欺の故意はなかったと主張し、被告人も当公判廷(及び第二・第五・第一二回公判調書中の被告人の各供述部分)においてこれに添う主張をする。

3  そこで検討するに、被告人の捜査段階での各調書中には、被告人は、転居先の家賃が三万三八〇〇円を超えた場合には、その敷金の扶助は全く受けられないということは知っていた旨の記載があり、前記のような弁解は全くなされていない内容となっているが、証人下野福次に対する当裁判所の尋問調書、小寺征之助作成の保護変更申請書(写し)、住宅都市整備公団関西支社出納役作成の敷金及び契約時家賃等領収書(写し)によれば、本件犯行前である昭和六〇年九月ころ、内縁の夫である小寺征之助が被告人との内縁関係を解消して別居するに際し、右征之助が茨木市から右制限を超える家賃の所へ転居したにもかかわらず敷金の扶助を支給されたことがあり、当時被告人も右征之助と共に福祉事務所に行くなどしていたため右事実を知っていたこと、第四回公判調書中の証人小田久人の供述部分によると、右制限を超える家賃の所へ転居した場合にも家賃については敷金と異なり、全く扶助が受けられなくなるのではなく、限度額までは支給されることが認められ、右事実からすると被告人が本件でも同じように右制限を超えていても少なくとも限度額までの扶助は受けられると信じても不自然ではないこと、被告人は、捜査段階で右のように供述した理由として、当初は種々弁解していたものの、捜査官から移転先を偽っただけで詐欺になると言われたので右のような弁解の記載がない調書等に署名指印したし、また、勾留質問の際にも裁判官に対してはことさら弁解しなかったとしているが、移転先を偽って結局敷金の扶助を受けた場合、はたして詐欺罪が成立するか否かは微妙な点がないではなく、本件では訴因として移転先の「家賃を偽った」ということが揚げられているから、移転先を偽っただけでは本件の詐欺罪が成立しないとみるべきこと後述のとおりであるとしても、法律の専門家にしても迷うような微妙な点について、まして法律知識の乏しいと思われる被告人が、移転先を偽ったら詐欺になるのだと捜査官から言われ、これに反論できたとも考えにくく、また捜査段階で述べている敷金扶助を受けるための家賃の限度額にしても三万三〇〇〇円(実際は三万三八〇〇円)と供述し、三という数字の並びで記憶していたとその根拠まで述べているが(検面調書)、後述のとおり保護(保護変更)申請書には三・五万円と被告人自ら記載していること、被告人が移転先を偽った理由(被告人が債権者等に住所を秘しておきたかったが、過去に福祉関係者から他に漏れたことがあると考えたこと)、家賃を低く言ったのは扶助にふさわしい額にしようとしたと弁解する点もあながち不合理不自然なものとは言えないこと等を総合考慮すると、被告人の右各調書の信用性は乏しいと言わざるをえない。

また、小田久人及び原澤忠和の各公判調書中の供述部分には、転居に際し、転居先の家賃が制限を超えた場合には、転居先の敷金についての扶助は全く受けられないことは被告人に説明しているとの部分も存するけれども、被告人は本件保護(保護変更)申請書に転居先の家賃を右制限額を超える三万五〇〇〇円と記載して提出していること、前記のとおり被告人は、右制限を超える家賃の所に転居しても敷金の扶助が支給された実例を知っていたのであるから、もし小田が説明したのであれば当然意見を述べることが予想されるのに、そのような形跡が認められないこと、小田自身敷金扶助の支給の可否を決するに当たって最も重要である転居先の家賃額について注意を払わず制限を超える家賃の記載されたままの申請書を決済にまわし、また、家賃について貸主等に対して確認等を一切していないことからすると、小田において被告人に対する右制限についての説明が十分なされていたかについては疑問があることなどの諸事実を総合すれば、被告人において転居先の家賃が制限額を超えた場合には、敷金の扶助は全く受けられないことを知っていたことについて、合理的な疑いを入れない程度に立証されたと認められない。

4  次に、被告人は、本件扶助申請に際し、事実はフクダ文化住宅に転居する予定はなく、他所(南花台公団住宅)に転居する予定であつたこと及び福祉事務所所長が右事実を知っていたならば敷金の扶助の支給をしなかったであろうことは証拠上認められるところ、右不支給は虚偽の内容の申請がなされたとの理由からであって、本件において訴因とされているのは、単に転居先を偽っただけではなく、敷金扶助の受給要件である転居先の家賃制限額という受給資格を偽ったということも併せて訴因となっていることは文理上明白であるのみならず、本件全証拠によっても、真の転居先に転居する旨の申請がなされていた場合、家賃の点を度外視して転居先が南花台公団住宅であるというだけの理由で支給が拒否されたであろうと認めるに足りる証拠はない。

5  なお、付言するに、又吉定徳の司法警察員に対する供述調書によれば、フクダ文化住宅の保証金(敷金)は一五万円で家賃は二万六〇〇〇円であって、本件申請の内容とは異なり、かつ、被告人が支給を受けた敷金扶助額一六万九〇〇〇円より低額であったこと、また住宅・都市整備公団京都営業所所長作成の捜査関係事項照会回答書別添(写3)によると、被告人の真の転居先である南花台団地の敷金は合計一五万九三〇〇円で右支給額より低額であったこと、及び被告人が転居する理由は、当時公団からは滞納家賃の支払請求の訴えがなされ、また、小寺征之助が被告人の名義を使用して借入れたローンの返済に迫られ、これら支払いからのがれるためであったにもかかわらず、前記小田に対しては家出していた長男が帰宅し大阪で仕事を始め、その収入で被告人らが生活するため長男の仕事場の近くに転居したい旨申し述べてり(被告人及び小田久人の捜査官に対する各供述調書等)、原澤忠和の司法警察員に対する昭和六二年六月五日付供述調書(及びその添付資料)によれば、右のような転居理由では転居先の敷金の扶助は受けられないことの各事実が認められるけれども、右はいずれも本件詐欺の訴因(転居先を偽ったことと家賃制限による受給資格を偽ったこと)とはされていないばかりでなく、被告人において敷金の扶助の支給額を明確に認識していたこと、右扶助の支給、不支給の決定が転居の理由によって左右されること、及びその内容について十分に理解していたと認めるに足りる証拠もない。

6  以上のとおり、主位的訴因である詐欺罪については、その証拠が不十分であって、犯罪の証明がないことに帰着する。

二  予備的訴因について

弁護人は、申請内容が虚偽であったことと住宅扶助としての敷金の扶助が受けられたこととの間には因果関係はない。すなわち、真実の内容の申請をしても扶助は受けられたものであるから生活保護法八五条の罪も成立しないと主張するので、この点について判断するに、生活保護法八五条の罪が成立するには、「不実の申請」と「保護」の間に因果関係が必要であると解するのが相当であること弁護人主張のとおりであるが、生活保護行政の適正かつ公平な運営のため、申請内容の真実性を担保するという立法趣旨並びに構成要件の文言から詐欺罪とは異なり、故意の内容として相手方を錯誤に陥れ、処分行為を引き出すという定型的な因果関係の認識は必要ではなく、不実の申請をすることによって保護を受けるものであるとの認識があれば十分であると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前記のとおり被告人は申請に際し、真実の転居先を告げず、その敷金や家賃額について虚偽の申請をしたものであって、京都市伏見福祉事務所所長において真実の家賃額を把握しておれば敷金の扶助の支給を拒否していたものと認められる(右福祉事務所における右取扱いについて前示のように若干ルーズな点はみられるものの、厚生省社会局長通達により保護の実施要領が示されており、右実施要領が無視されていたとは認めがたい。)のであって、本件不実の申請と保護との間には因果関係と被告人の右に対する認識が認められるので、生活保護法八五条の罪の成立は明らかと言わねばならない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は生活保護法八五条に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一〇月に処し、情状により刑法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

(量刑の事情)

本件は、転居に際して、家賃額の制限上転居先の敷金扶助が支給されない場合であるにもかかわらず、不実の申請をなして一六万九〇〇〇円の支給を受けた事案であるが、その動機には同情すべきものがなく、支給額も一六万九〇〇〇円と扶助額としては少ない額ではないこと、被害弁償もなされていないことなどの事情を考慮すると被告人の刑責は軽視できないが、被告人は視力障碍がある身体障害者であること、やむを得ないこととはいえ、相当長期間身柄を拘束されそれなりの制裁を受けていると考えられることなどの事情も総合考慮して、被告人を懲役一〇月に処するが、情状により刑の執行を猶予するのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

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